一流のシェフさえいれば一流の店になるとは限らない
ここでは顧客体験と連動したバックヤードの組み立て方を紹介する。まずは、「サービス設計」の基本について確認しておこう。
一流のシェフが一流の食材を使って料理を提供するレストランと聞けば、誰しもすごい人気店に違いないと想像するだろう。しかし、実際には全然流行っていないとしたら、どのような理由が考えられるだろうか。例えば、次のような事情があったとしたらどうだろう。
- 店員が不愛想で、客が入店してもまともに挨拶しない
- テーブルに着席してみると、皿やカトラリーが安っぽい
- しばしば注文と違う料理が出てくる
- 支払を終えて店を出るとき、見送りもない
料理の腕と食材は最高であったとしても、顧客対応がなっていなければ、レストランとしてはまったく評価されないということだ。こういう場合、顧客との接点を洗い出し、対応のどこに問題があるかチェックすることが重要だ。それが「サービス設計」である。
「サービス設計」には一般に、3つの原則があるといわれる。
- モメント・オブ・トゥルー(真実の瞬間)
- サービスレベルの統一
- ハロー効果(近接効果)
初めての商品出荷で第一印象を良くする仕掛け
まず、「モメント・オブ・トゥルー」は直訳すると「真実の瞬間」であり、「決定的瞬間」とも言われる。人間の印象は、最初に会った3秒〜5秒で決まるということだ。
例えば、旅行で地方に行ったとき、駅前の店で道を尋ねたところ、店主が外まで出てきて次の交差点まで案内してくれ、角を曲がった先を指さしてくれた。こういう親切に出会うと、自宅に帰って思わず「あそこの人は本当に親切だったよ」と口にするだろう。ただ、正確に言うとその地で初めて会った人が親切だったということだ。
人間は、感動したりショックを受けたりしたときの印象は強く記憶に刻まれる。どのような事業であっても、最初に顧客と出会うタイミングで好印象を与えることが重要なのだ。
EC通販で「モメント・オブ・トゥルー」を積極的に応用しているのが、リピート通販の事業者たちだ。初めての商品出荷ではよく、第一印象を良くするために「手書きの挨拶状」や「折鶴付の挨拶状」などを商品に同梱している。これによって定期の継続率向上を狙うのだ。
また、楽天市場で商品を買った人に、「なんというショップで購入したのですか?」と尋ねると、ほとんどの人が覚えていない。「楽天で購入した」と答える人がほとんどだ。商品到着時の印象を良くすることは、ショップ名を覚えてもらう効果もあり、リピートを促進させる。
ただし、購入体験のファーストタッチである商品到着時に「モメント・オブ・トゥルー」を組み入れるには、初回購入者のみを対象とした同梱物を封入指示できるシステムと、それを間違いなく運用できる物流センターが必要となる。
アフターコロナの購買傾向として、ECショップを選別する動きがあるため、「モメント・オブ・トゥルー」作戦はぜひ取り入れてもらいたい。
サービスレベルの統一がなぜ必要か
「サービス設計」の2番目の原則は、「サービスレベルの統一」である。
これについては、「桶の理論」というキーワードがある。複数の木枠で囲われた桶は、一片でも高さが低い木枠があると、水はそこまでしか貯まらない。EC通販も同じで、商品やサイト設計、プロモーションなどが100点満点でも、出荷がパンクして受注の半分しか完了できなかったら、結果は50点になってしまう。
あるカタログ通販企業に伝わる“悲劇”を紹介しよう。その企業では、KPIによる評価制度を導入することになった。各部署に目標となるKPIが設定され、その達成度合いでボーナスの金額が決まるのだ。
各部署はそれぞれKPIの数値が最高になるよう、検討に検討を重ねて行った。カタログDM部門には注文発生率というKPIが設定されたので、担当者はカタログDMのタイミングを過去のデータから分析し、最も注文発生率の高い日を発見した。その日に大量のDMを集中的に発送したのは言うまでもない。
その結果、確かに大量の注文が来たのだが、事前に知らされていなかったコールセンターはパンクし、物流センターもパンクし、さらにその注文を見てバイヤーが大量の追加発注を出した。ところが、注文数は大量DMが終わったら急速にしぼんでしまい、山のような在庫が残ったのである。
このようにECビジネスでは、商品企画からサイト設計、受注、出荷に至るまで、情報を共有しながら同じサービスレベルで運営することが欠かせない。1つでもレベルが狂うと、全体の評価はあっという間に低下してしまう。
顧客にとってお気に入りにショップになるには、SNSでのプロモーションからWebショップへの訪問、そして購入、商品到着、使用・着用、レビュー・拡散に至る一連の購買体験、顧客体験を統一したサービスレベルで提供する「サービス設計」が重要なのである。
最後の印象を良くしてリピーターを増やす
「サービス設計」の3番目の原則は、「ハロー効果(近接効果)」である。
「ハロー」とは、宗教画などで聖人の頭上に描かれる光輪のことだ。人間は人であれ商品であれ、出会った対象の評価において、その対象が持つ顕著な特徴や最後の印象に引きずられやすい。
「ハロー効果」は、サービス業で広く利用されている。例えば、銀座のママが帰る客をエレベータで1階の出口まで見送るのも、ガソリンスタンドの店員が客の車が見えなくなるまで帽子を取ってお辞儀しているのも、ハロー効果をねらってのことだ。最後に好印象が残ることで、再来店を促しやすくなるのだ。
逆に、最後の印象が悪いと、その店へ足が向かなくなる経験は誰しもあるだろう。ケンカ別れした彼女に、電話しにくいのも同じような心理だ。
ECでも、購入した商品の箱を空けたときの印象を良くすることに加え、後から商品の使用感や感想を尋ねるアフターメールという手法がある。
ある通販会社は、電化製品を購入した顧客に半年後、不具合がないかの「確認ハガキ」を送っている。「そこまで気にかけてくれるんだ」というハロー効果により、リピーターを増やすためだ。
以上、「サービス設計」の3つの原則を応用して、接点別に顧客との対応を組み立て、さらに運用の中でブラッシュアップしていくことで、顧客体験を高めていくことができるはずだ。
この記事は『EC通販で勝つBPO活用術』(ダイヤモンド社刊)の一部を編集し、公開しているものです。
著者情報
高山 隆司 株式会社スクロール360 取締役
1981年株式会社スクロール(旧社名株式会社ムトウ)に入社後、新規通販事業の立上げ、販売企画、INET戦略策定を経て、2008年に株式会社スクロール360の設立に参画。以来、多くの企業の通販事業の立上げ、EC戦略策定、物流立上げを経験。現在、スクロール360では300社のEC通販企業のサポートを行なっている。
著者情報
佐藤 俊幸 株式会社もしも 取締役
2007年もしも入社後、ネットショップ運営コンサルタントとして、全国の300以上のネットショップに対して集客を中心に支援。2014年よりアフィリエイト広告を中心としたマーケティング事業を統括。2018年に、もしもはスクロールグループに入り、以後、グループ一体となって通販支援に従事。