BtoBのマーケティング活動において必要不可欠な顧客リード(顧客の情報)。多くの企業が顧客リード獲得のために広告を配信するなか、あえてリードを取らない戦略を採用している企業があります。今回は、ビジネス向けのクラウドサービスを提供するトヨクモにフォーカス。どのような理念でリードを取らないマーケティング戦略に舵を切り、何を目的に広告を活用しているのか、中井康喜氏(トヨクモ マーケティング本部 プロモーショングループ マネージャー)に伺いました。
あえてリードを取らないマーケティング戦略に舵を切った理由とは?
「すべての人を非効率な仕事から解放する」をミッションに掲げるトヨクモは現在、サイボウズの「kintone(キントーン)」に付随する連携サービス6製品、社外の人とも簡単にスケジュールを共有できるスケジューラー「Toyokumo Scheduler(トヨクモスケジューラー)」、災害・非常時など緊急を要する際、即座に従業員とコンタクトを取り、その場で議論から指示まで行える次世代型安否確認システム「安否確認サービス2」などを提供しています。
クラウドサービスを販売する上で、顧客リードは必要不可欠と言っても過言ではないほど重要かつ資産になると考えられます。そのために広告を活用している企業が多いなか、トヨクモはリードを取らない戦略を実施しています。その背景を教えていただけますか?
私たちのようないわゆるSaaS系企業の場合、「The Model(ザ・モデル)」型といいますか、きちんとリードを取って、インサイドセールスが電話などでコンタクトを取り、セールスが商談につなげて成立させる、カスタマーサポートが離脱率を低下させる――というモデルが主流です。しかし、トヨクモでは2022年秋に「リードを取る・取らない」ではなく、顧客目線で、顧客を優先することを第一に考えるマーケティング戦略に変更しました。
海外のマーケティング書籍「No Forms. No Spam. No Cold Calls.」のなかで提唱されている「興味がない人からのフォームも取らない、スパムのようなメールもしない、興味のない人に電話をしない、アポも取らない」という戦略をトヨクモも実施したいと考えたのです。
その1つ目の理由として、たとえばサービスとは関係ない資料をダウンロードした程度の人に電話をしたり、スパムメールのような形でメールを送ったりしたところで、何かが起こるわけではありません。顧客起点で考えると、資料を見ただけで企業から電話がかかってきても迷惑だと思うのです。資料を見るだけでフォームに入力するのも手間ですし……。「それをやめよう」ということです。
確かに「ちょっと知りたいな」と思って資料をダウンロードした途端に電話がかかってきて、「まだ読んでない!」と思うことはよくありますよね。
2つ目の理由は、これからますます世間の人達のITリテラシーが上昇していくことを想定しており、そうなると、各個人が自身の目で、耳で、製品を選ぶようになっていく。押し売り的手法では、製品自体伝わらなくなる世の中になると考えているんです。
あと1つ、AIの発達です。SEOだけではなく、AIにも選ばれるような製品であることが必要になる。そのためには、質の高いコンテンツを多数展開しておくことで、AIの判断によってトヨクモを選んでもらえるようになるのではないかと考えています。
面白いですね。すでに広告システムでは各媒体が自動入札を導入していて、その裏側にあるのは機会学習、すなわちAIの力なしでは語れない仕組みになっています。トヨクモにおける「AIに選ばれる」という点をもう少しお話いただけますか。
想定の話ですが、今はまだAIの精度は低い。「○○を教えて」という質問に対して返ってくる答えは、まだ納得できるものではなかったりしますよね。ただ、「シンギュラリティ(技術的特異点)」などと言われているなかで、近い将来AIの精度が爆発的に向上し、「あなたに合ったサービスはこれだよ」とレコメンドしてくれる世の中になると良いな、と。今はまだ間違った答えが返ってくるので信じない人も多いかと思いますが(笑)
AIはベースのデータがないと学習も始まりません。そうなると、優良なコンテンツを拡充していくことで、そのコンテンツが必要な人とのマッチングをしてくれるのではないでしょうか。
もちろん、現在トヨクモのサービスを使ってくれているお客さまにも、サービスを使ってもらいたい未来のお客さまに対しても、正しいタイミングで正しい情報をきちんと出していくことがとても重要だと感じています。
リードを取らない戦略を行った後の現状は?
「正しい情報を出していく」ことは、とても重要ですよね。運用型広告の側面でも正しいコンテンツはとても重要という認識ですので、良い方向転換をしていると感じています。リードに頼らず良質なコンテンツを拡充する戦略を取るようになって、現在の感触はいかがですか。
現在、広告配信などで注力しているサービスは「安否確認サービス2」と「kintone連携サービス」です。「kintone連携サービス」は、現時点でコンテンツのストックも増え、マーケティング目標にも寄与しています。また、お客さまは情報システム系の人が多く、自力で調べてお客さまご自身で判断・選ぶことができる人が多い印象ですので、私たちの戦略にマッチしていると感じています。
インサイドセールスしないことによって、私たちの生産性も上がりました 。サービス自体、能動的価値のあるシステムなので、改善すればするだけリターンがあるサービスですね。
一方で、頑張らなければならないのが「安否確認サービス2」。このサービスは受動的価値のあるサービスと位置付けており、もしもの時のための準備を手助けするサービスです。そのため、導入したいと思うタイミングが限られている。もちろん広告にも力を入れていますが、これからだと考えています。
リードを取らない戦略で、広告をどのように捉え、活用しているのか
ここからは広告についてお聞きします。戦略を変える前と後で、広告の使い方は変わりましたか。
リードを取らない戦略に方針を変えたのは2022年11月。その前から、アユダンテに広告運用を支援してもらっているのですが、支援前はインハウスで広告を運用していました。その時は、取締役や広告運用経験のあるメンバーが広告を担当し、当時は「とにかくユーザーを集めてみよう」という戦略で検索を中心に実施していました。
2年以上経ちますが、2022年の方針を変えたタイミングや、2023年も方針に変化があると考えています。たとえば、2023年初めは検索広告もきっちり配信対象を絞った状態で配信していました。それは今とは違う点ですよね。
違っていますね。前は広告の評価以前に、どのチャネルから流入していたのかといった数値も見ていなかったです。
その当時は、広告のなかだけで広告の評価を行っていましたか? もちろん、それが当たり前だった時代だと思うのですが。
そうですね。広告のなかだけでしたし、全体のファネルも見れていませんでした。もちろん、当時から集客のゴールポイントは変わっていないのですが、今はオーガニックサーチ、ペイドサーチ、メール、リファラルを信頼できるチャネルと仮決めし、そこからのゴールポイントを増やすように取り組んでいます。
そのために、たとえば検索を強化して、能動的なユーザーに対するインプレッションシェアを重視したり、ディスプレイ系でも新しいプロダクトにチャレンジしたりしました。流入してもらいたいターゲットの質を意識して取り組んでいますよね。
以前は漠然としていた広告運用も、いろいろと教えてもらえる環境ができ、理解が深まってきていると感じています。たとえば「安否確認サービス2」は災害時に必要なサービスなので、「大きな地震が起きた際に広告をどうするか」などの判断と行動をすぐに連絡を取って話し合って決めたこともあり、助かっています。
リードを取らない戦略を取ってから約1年が経過。今後どのように広告を活用していくのか、広告の枠にとどまらずマーケティング活動としてどのようなことを実施してくのかを次回、伺います。
著者情報
河野 芽久美 アユダンテ株式会社
自動車雑誌のライター、課金コンテンツ制作を経て広告運用の道へ。2015年にアユダンテにJoin。お客様の広告運用やサポートだけでなく、チーム内部のファイナンスを含む業務効率化、職務環境改善にも取り組む。SNS広告の、CV以外の影響を考察することが面白いと感じている今日この頃。得意分野は「求人」「不動産」「総合通販」。趣味は美味しいモノを食べること。
登壇歴:SEM ohenro茶屋 Vol.2 https://shift-web.co.jp/semohenro/