ハミガキ粉といえば、みなさんどんなイメージがあるだろうか。1本数百円程度、むし歯予防のためにフッ素が配合され、歯周病予防やホワイトニング効果などをうたう商品が思い浮かぶではないだろうか。
そうしたハミガキ粉業界において、オンリーワンのポジションを確立しているのがウィステリア製薬の乳酸菌入りハミガキ粉だ。この商品はフッ素などの添加物フリーの子ども用として2015年5月、1か月分60包が6,480円(継続購入の場合)でEC通販のみで発売を開始した。
企業データ
1か月分6,000円以上のハミガキ粉が大ヒット!?
「いったい誰が買うんだろう?」というのが普通の反応だろうが、発売以来3年で1,200万包(20万個)が売れ、その後、大人用ハミガキ粉(6,800円)、ペット用サプリメント(5,478円)も追加。これまで累計販売数は76万件、80万個に達する。
ウィステリア製薬の驚異的な点は継続率(リピート率)だ。2015年5月から2020年3月までのデータで96.7%にも達している。大手企業の先行商品がひしめくレッドオーシャンの中、価格優位性にはほど遠く、販売チャネルもEC通販のみというベンチャー企業の新商品が、なぜこれほど圧倒的な支持を受けているのだろうか。
大病をきっかけに還暦で起業
ウィステリア製薬は、歯科医師である齊藤欽也氏が2015年に設立した。齊藤氏は歯科大学を卒業し、3年目に静岡県富士市で開業。従来の歯科の常識を覆した、痛くない、怖くない、予防中心の歯科治療という信念を貫いてきた。
信念だけでなく、歯科医院としてどうすればオンリーワンになれるのか、いかにして独自性を出すかを常に考え、実践してきました。マーケティングの発想も、医院経営に欠かせないものです。
そこから、患者さんの全身状態を診て、口の中以外の健康増進も意識しながら診療を行うというアプローチを確立しました。
歯科治療学はもちろん、心理学や整体、東洋医学も勉強しながら、患者さんの声に耳を傾け、真の悩みや不安に寄り添う治療を心がけてきたのです。(齊藤氏)
こうして齊藤歯科医院は20年以上、歯科業界では上位5%に入る業績や70%を超える自費診療率を維持し、地元ではなかなか予約のとれない歯科医院として知られる。
2004年、齊藤氏は50歳の時に理想の歯科医院をつくるべく新たに土地を購入し、現在の施設へ規模を拡大した。
ところが59歳で大動脈解離になったのです。あやうく命を落とすところでしたが、運よく心臓専門病院に運ばれてすぐ手術。なんとか一命をとりとめました。
そのとき、自分がいなくても医院は十分回ることを実感するとともに、私自身の長年の夢である、恵まれない子供たちの自立を支援する事業のための資金作りに挑戦することを決意したのです。(齊藤氏)
こうして齊藤氏は退院前から経営書を読み漁り、退院後は経営セミナーなどに参加。EC通販に着目すると、今度はEC通販をさまざまな角度から研究し、商品選定と開発、ターゲット層の調査、製造や物流の委託先探しなどを進めた。そして2015年、還暦にしてウィステリア製薬を立ち上げたのである。
ハミガキ粉を吐き出せない乳幼児のためのハミガキ粉
立ち上げの過程で、最も大きなポイントは商品選定と開発であった。
歯科医師としての長年の経験から浮かび上がってきたのが、子どものためのハミガキ粉でした。乳幼児のむし歯については、3歳までむし歯菌が移らなければ大丈夫と言われています。3歳までは特に母親からうつる垂直感染が多く、それがある種の“呪い”のようになって多くの母親のストレスになっています。
一方、従来の子ども用ハミガキ粉は大人用をアレンジしたものがほとんどで、発泡剤や殺菌剤を配合しています。また、歯のエナメル質を守るためフッ素の配合が一般化です。しかし、こうした成分はすべて吐き出すことが前提で、飲み込むことは想定されていません。どうしても飲み込んでしまう乳幼児への影響を、私は以前から危惧していました。(齊藤氏)
齊藤氏が注目したのが口内乳酸菌の一種、BLIS(ブリス)菌だ。これはニュージーランドの微生物学者であるジョン・タグ博士(オタゴ大学名誉教授)が、むし歯にならない子どもの口の中から発見した乳酸菌の一種で、生まれながらこの菌を持っている子どもはわずか2%に過ぎない。齊藤氏は以前から、同博士の論文でBLIS菌にはむし歯や口臭にも効果があることを知っていた。
本国ニュージーランドでは、のど用のトローチに使われているだけで、BLIS菌をハミガキ粉に応用するのは技術的に難しいと思われました。ジェル状の基剤に入れると死んでしまうからです。
しかし、体に悪影響を及ぼしかねない化学物質を使わず、善玉菌主体のハミガキ粉をつくれば、口をゆすげない乳幼児に安心して使ってもらえます。今までのハミガキ粉とは根本的に異なる、子どものためのハミガキ粉をつくりたいという想いがどんどん高まっていきました。(齊藤氏)
約1年の試行錯誤の末、菌が生きたまま利用できる粉末にする特許取得の方法を開発。現在の粉末状の個包装タイプの子ども用乳酸菌ハミガキ粉が完成した。
ターゲットを綿密に分析してアプローチ
問題はコストだった。BLIS菌は非常にデリケートで、今のところニュージーランドでしか培養できない。そのため1kg40万円ほどの原料費がかかる。それをニュージーランドから生きた菌のまま瞬間冷凍して空輸。日本で解凍し、他の原料と混ぜて、細かい特殊な顆粒状に加工する。輸送費、加工費、資材費、送料なども加味すると、1か月分6480円はギリギリの設定だったのである。
この価格設定には、製造を打診した多くのOEMメーカーから「コストが高すぎて利益が出ないのでは」と心配され、広告代理店からは「絶対に売れない」と言われた。しかし、齊藤氏と、現社長で立ち上げから齊藤氏をサポートしてきた横沢卓也氏には十分勝算があった。
なぜなら、どんなお客さまをターゲットにするか、どんな商品を提供するか、ビジネスコンセプトを策定するために何度もアンケートを繰り返しました。その結果、子育て中のお母さん方が抱えている深い悩みが見えていたからです。
従来の子ども用ハミガキ粉は殺菌剤や発泡剤が入っていて刺激が強く、歯磨きが嫌いになる子どもが少なくありません。歯磨きタイムは親子のスキンシップの良い機会なのに、実際は“格闘タイム”になってしまっていました。
また、共働きが多い最近のお母さんたちの大きな悩みは時間がないことです。さらに、子ども用のハミガキ粉に配合されているフッ素や様々な化学物質を心配する人も少なくありません。
こうした悩みや心配を抱えるお母さんたちに、きちんと商品のコンセプトと特徴を伝えれば、きっと支持されるはずだという確信がありました(齊藤氏)。
実際、プロモーションとしては自社サイトからの情報発信を中心に、検索連動型広告やアフィリエイト広告を利用しただけだったが、発売数か月後から、ホームページへのアクセス数が急速に伸び、注文もどんどん増えていった。クチコミの効果である。
これも事前のアンケート調査で、購入してくれると思われる人たちの属性がだいたい予想できていました。現在子育て中のお母さんたちはネット情報へのアクセスが得意で、SNSを日常的に利用しています。
ネット上には子育て世代同士のネットワークが広がっており、口コミを介した紹介によって売上が伸びる ことはあらかじめわかっていました。実際、いまもスマホ経由の注文がおよそ8割を占めます(横沢氏)。
顧客に寄り添いマスメディアに頼らず、ネット中心の手づくりのコミュニケーションにより信頼関係を築いていくアプローチが 、オンリーワンの商品性と相まって圧倒的な支持につながったのだ。
同社では今も、顧客の声を聞くことを重視しており、毎月の定期発送では絵本やチェックシートとシール、「はみがき新聞」などさまざまな同梱物を入れている。
「はみがき新聞」とは手作り感覚のコミュニケーション媒体で、歯磨きについての情報のほか、子どもたちが自由に絵を描けるスペースを設けた返信ハガキが付いている。これに毎月かなりの返信があり、その中から選んだものを「今月のおハガキ大賞」として、また新聞に掲載している。
こうした母親だけでなく子どもたちも巻き込んだコミュニケーションの質の高さと密度の濃さが、97%近いリピート率の原動力になっているのだ。
逆に言うと、しっかりとお客さまを選ばなければ、そのような本物のマーケティングを展開することは難しいのです。私たちのハミガキ粉は製造コストなどの関係で異例の高額商品であり、高くても良いもの、安全なものに徹底的にこだわっている人にターゲットを絞ってプロモーションを立案しています。私たちはこれを「幸せマーケティング」と呼んでいます。(齊藤氏)
同社の乳酸菌入り子ども用ハミガキ粉の売れ行き好調ぶりを真似て、似たような商品を販売する事業者がときどき現れるが、いつの間にか消えていくという。
BLIS菌というオンリーワンの商品特性に加え、同じ幸せを共有する「仲間」として顧客とのコミュニケーションを深め、さらにその幸せの輪を広げられるよう情報発信に力を入れる同社に、上っ面を真似るだけでは太刀打ちできないのは当然だ。
EC通販における物流の重要性
ところで、ウィステリア製薬では当初から販売チャネルはEC通販に限定している。ドラッグストアやコンビニはそれこそレッドオーシャンであり、またターゲットとする顧客層の多くはネットの世界にいることがわかっていたからだ。
EC通販における物流の重要性も、同社では当初から十分認識していた。しかし、以前は物流で困っていたという。特に同梱物の封入ミスについて、顧客からクレームが入って注意しても、「まあ、そういうこともありますね」という程度の反応だったという。
こちらはお客さまとのコミュニケーションの重要な接点として同梱物を重視していて、何回目にはどれを入れるのか、また入れる際の順番にまでこだわっているのです。ところが、多くの物流会社はそこまでの認識がないようなのです。(横沢氏)
2社ほど試したものの満足いく結果が得られず、紹介を通じて1年ほど前にスクロール360にご相談があった。さっそく筆者は、同社の基本的な考え方からヒアリングさせていただき、業務スキームを組み立てた。
スクロール360に任せることで、物流の品質はかなり安定してきました。顧客別のさまざまな同梱物のパターンにも的確に対応してくれ、クレームはなくなりました。さらに、パッケージのデザインについて提案してくれたり、同梱物についてグループインタビューを実施してくれたりしています。(横沢氏)
コロナショックでペット用が急増、さらなる成長へ
「今回のコロナショックでは、金額的にある程度新規注文やリピート率が下がるかと思いましたが、むしろ数字は伸びています」と横沢氏は語る。
特に伸びているのがペット用サプリメントだ。ホームステイで在宅時間が長くなり、愛犬の口臭が気になる人が増えているのが理由のようだ。
実はペット用サプリメントの開発も顧客とのコミュニケーションがきっかけだった。ある顧客から、同社の子ども用のハミガキ粉を飼い犬が舐めていたら口臭が消えたという話が寄せられたのだ。そこからペット用の口腔ケアサプリメントが誕生したのである。
私たちのビジネスモデルは、お客さまに本物を提供することを基本としています。大切なことはお客さまを絞ることです。我々のような小さな会社が、限られた資源を有効活用し、自分たちのお客さまの深いニーズに応えていくためには絶対、必要なことなのです。幸せを共有できるお客さまを探し、その深い悩みや望んでいることをくみ取って、一緒に解決していくのです。
ただ一流だから良い、高級だから選ばれるというのは、モノが優先だった時代の発想に過ぎません。お客さまから見た時、大事なのはその会社の商品やサービスがご自分にとって価値あるライフスタイルを提案してくれるのかどうかなのです。
多様な価値観を持つ消費者の中で、自分たちが選んだお客さまとの間にどのような関係を築くのかが、これからのビジネスの鍵を握っているのだと思います。(齊藤氏)
ウィステリア製薬には、EC通販の成功のヒントが詰まっている。
サイドストーリー
CRM物流で事業拡大を加速!
リピート通販のCRM施策になくてはならないのが同梱物だ。ところが、顧客のステイタス別(新規、継続、定期購入)、購入商品別に同梱物を正確に入れ分けられる物流会社は少ない。新規のお試しの顧客に「このたびは定期注文ありがとうございます」の挨拶状を入れてしまったら大炎上となってしまう。
ウィステリア製薬の横沢社長から物流の相談を受けたのは2019年9月。現倉庫のクオリティが満足できるものではないと言う。同梱物の入れ忘れや入れ違いがよくあるとのことだった。ハミガキ磨き粉のリピート通販というのは初めて聴いた話だったが、商品の説明を聴いて、間違いなく成功すると確信した。
現在同梱している印刷物についての評価も依頼され、グループインタビューを行うことになった。5人〜6人のグループを3グループ、約2時間ずつヒアリングを行った。結果、あまり使われていない同梱物、絶大な人気の同梱物の評価だけでなく、「定期解約がどんな時に起こるのか」といった、今後のCRM戦略に有益なインタビュー・レポートができた。
2020年3月にスクロール360物流センターへ移管し、順調に出荷がスタート。これまでに同梱物の入れ違いは発生していない。グループインタビューの結果を受けて、オンデマンドプリンターを活用したワン・トゥ・ワン印刷物企画も進めている。オンリーワンの子供用ハミガキ粉に、更に強化されるCRM物流で、ウィステリア製薬の事業拡大は加速されていく。
筆者には1歳6か月になる孫がいて、もちろん子供用ハミガキ粉を定期注文したことは言うまでもない。将来の虫歯治療費用のことを考えれば、安いものだと思う。
この記事は『EC通販で勝つBPO活用術』(ダイヤモンド社刊)の一部を編集し、公開しているものです。
著者情報
高山 隆司 株式会社スクロール360 常務取締役
1981年株式会社スクロール(旧社名ムトウ)に入社後、新規通販事業の立上げ、販売企画、INET戦略策定など42年にわたり通販の実戦を経験。2008年、他社のネット通販事業をサポートするスクロール360設立に参画、以後200社を超えるネット通販企業の立ち上げ、コンサル、物流受託を統括。著書に『ネット通販は物流が決め手!』『EC通販で勝つBPO活用術』『通販まるごとソリューション』(いずれもダイヤモンド社)がある。
著者情報
佐藤 俊幸 株式会社もしも 取締役
2007年もしも入社後、ネットショップ運営コンサルタントとして、全国の300以上のネットショップに対して集客を中心に支援。2014年よりアフィリエイト広告を中心としたマーケティング事業を統括。2018年に、もしもはスクロールグループに入り、以後、グループ一体となって通販支援に従事。